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ライブセッション


2008年度(第21期生)入学式

<挨拶>
永井潔
NIC理事長


新入生、保護者のみなさん、ご入学おめでとうございます。また、来賓の皆様、ゲストの皆様、教職員の皆様、ご臨席に感謝いたします。

さて、皆さんは今日から高等教育を受けることになります。
高等教育というのは、今ある知識を覚えたり使ったりする教育を受けるのではありません。今まで皆さんが受けてきた教育や専門学校での教育との違いは何でしょうか。

日本の西欧型の高等教育の歴史は、およそ150年前に始まりました。明治維新の少し前から、西欧の学問を導入するため、英語を日本語に訳すという形で日本に入ってきたわけです。ですから、それまでには無かった言葉を作る必要がありました。今、私たちが使っている、社会、政治、経済、科学などという1万語以上もの日本語が新しく作られました。

そのような新しい日本語によって伝えられた西洋の学問の起源は古代ギリシャ時代に遡ります。ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどによって基礎を築き大成された「哲学」という学問、今、哲学というと思想とか倫理などの分野を表すことが多のですが、当時の哲学の範囲は、数学や医学や技術も、政治や法律、社会、芸術など、すべての自然科学、社会科学、人文科学の学問領域を含んでいました。

ギリシャに生まれた高等教育の種は、ローマ帝国に受け継がれ、ラテン語によりヨーロッパ全土に広がり、その後にフランス語や英語などによって世界へと広がって行きます。その当時、学問の中心となったのは、学術書が多く保管されていた修道院でした。それら修道僧たちの研究によって受け継がれ、徐々に大学の原型が形成されました。オックスフォード大学は英語圏で最古の大学ですが、11世紀、1000年も前)に創設されたものです。



このように歴史ある欧米の大学では、いったい何を学ぶのかと聞かれたら、皆さんはどう答えるでしょうか? 多くの人が「高度な最新の知識を学ぶ」と答えるのではないかと思います。しかし、大学で学ぶもっとも大切なことは「学ぶための方法を学ぶ」ことです。アメリカではLearn how to learnと言われていますが、何処の大学でもこの言葉を聴きます。どんな領域の先端知識や学説であっても、その時点では最新であっても、時の経過とともに、だんだんと古びてしまいます。それこそ、高等教育によって新たな「知」がどんどん創造されるからです。エッジはどんどん先に進んでいきます。それでも、皆さんが、もし、学ぶ方法を身につけていれば、社会に出てからも、その進歩にいつでも付いていくことができます。取り残されることはありません。学ぶ方法という「分析力、思考力、判断力、論議力、行動力、強調性など」を持っていれば、チャレンジする限り知識は決して古びることはありません。またそういった力こそ、逆に社会から求められている人間力そのものでもあると言えます。

経済産業省は、社会人の仕事能力の育成について、「社会人基礎力」と名付けて、大学での社会人基礎力の教育を提言しました。しかしなぜ、日本の大学では、社会問題化するほど、それらの力を育成できずに来たのでしょうか。提言で求められているものはすべて西欧の大学教育の中では「学ぶ方法を学ぶ」と方法の中で培われています。 
ギリシャに生まれた哲学と言う学びは、今ある知識をそのまま受け入れるのではなく、創造的に批判を繰り返し、より良い社会を作るために探求するということが脈々と受け継げられて様々な学問領域に発展してきました。つまり、在るがままに受け入れるのではなく、先人の説に疑問を持ち、論議し、新たな創造を求めるというのが教育の原点であり、高等教育の意味なのです。日本での教育方法は、当時から、学ぶ方法は伝授であり、知識を身につけることが主眼となり、学ぶ方法を学ぶと言うことの意味が理解されてこなかったからではないかと思われます。

在るがままに受け入れ、主体性のない、思考のないままで、日本の歴史で何が起こったか、何が起こっているかは皆さんご存知の通りです。日本は、そういった経験の元に学びの方法を考え直さなければなりません。日本がこれからどうやって、アジアや世界の中で強調しつつ、イニシアティブを取れるのか、解決していかなければいかない問題は沢山あるからです。

私たちはそのために、より良い社会を作ることを考えられる人々を育てたいと考えています。そして皆さんが今、ここにいます。皆さんが将来、法律や政治、教育、技術、経営などの仕事に携わるとしたら、それがどんな分野であっても、各々の分野で、より良い社会を作るために「批判的であれ、かつ創造的であれ」を実践していただきたいと思います。

皆さんは、これから欧米の大学で、本来の方法で高等教育を受けることになります。
しかも、日本語化された訳語を媒介とせず、英語そのもので学んでいくことになります。そして、日本を離れて学ぶわけですが、世界から日本を見つめて考えて頂きたいと思います。そのためにも是非、日本のことについても学んでください。誰も、日本人としてのアイデンティティを捨て去ることはできません。むしろ、それを強く感じることでしょう。ですから、日本に軸足をもった国際人として学び、より良い日本、より良い世界との関係を築くリーダーシップを身に付け、社会に貢献していただけることを心から望んでいます。本日は、ご入学おめでとうございます。



<挨拶>
廣田和子
NIC代表・LCJ理事

新しい人生の扉を開け My Missionを探して


おはようございます。
NIC、レイクランドの学生の皆様、保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。
今までの英語のスピーチ、お分かりになりましたか。これが一年後、完璧に分かるようになります。今日は期待と同時に不安な気持もあるかと思いますが、皆さんの顔は、間違いなく、自信にみちた、輝く顔に変わります。それは、みなさんが、今日ここにいる決心をしたように、それに向かってがんばっていくからです。学びは決して皆さんを裏切りません。一年後の結果をぜひ、楽しみにして下さい。

さて、NICは今年で21年目two decade20年を過ぎて新たなる1年目になります。NICは1988年にネバダ州立大学の日本校として設立されてから、これまで2200高校、7400名以上の学生が入学しアメリカを始めイギリス、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパなどの大学に進学し、これからもさらに多くの世界の大学への進学が増えていくこととおもいます。そして、いまや、NICのOBたちがあらゆる分野で活躍し、また、日本のみならず、いろいろなところで偶然にもOBたちと出会っています。NICとレイクランドは96年以来、姉妹校として共に日本においての国際教育を推進してまいりました。レイクランドでは、毎年海外からの学生が増えています。アメリカ、ブラジル、ウガンダ、スリランカ、韓国と、世界4大陸からで、20%が海外からの学生です。さらに、INTERNATIONALな環境が整っています。NIC/LCは社会人入学も増えていますが、NICでは、現在まで16歳から最高年齢の73歳の方が入学しています。日本の大学から編入してくる人も増えましたが、中学高校の先生や、主婦、社会人の方、兄弟入学、親子入学、そして、今年は医者の方も入学しています。私たちのモットーにEducation is life itselfというものがありますが、人生何歳からでも学びができますし、また、一生学ぶことが人生でもあります。アメリカの大学では普通のことですが、こうしてNIC/LCがそのような様々な年代の方々の学校になっているということはとても喜ばしいことです。全国から、そして今年も新入生として新たなる、そして勇気ある人生の第一歩を迎えられた皆さんを心から歓迎いたします。


◆目の前のことに無心で取り組むこと

私は第3外国語として、現在フランス語を学んでいます。それはまもなく3ヶ国語を話す時代がやってくると思いますので、実際ヨーロッパではそうですが、自分が生きている間にぜひそれを学んでおきたいという私のひとつの夢として、何年か前に始めました。休暇のたびにフランスに行って学んだりしたのですが、今回ある自然体験のプログラムに参加しました。フランスで行われたので、本当にフランス語を学んでいた意味があったと思いました。そこで何をやったかと言うとひたすら自然と向き合って生活するのですが、まったくcivilize文明化されていない生活なので、本当に戸惑いました。まず、電気も何もない、電話もインターネットもつながらない。雪も降り、雨も降り、横になって休む場所もなく、何でこんなところに来てしまったのかと思いました。私は20人以上の食事担当をしていたので、最初ジャガイモをむきながら、わけわからないと思ったのですが、先生が私は茶道をやっているので、ZUKIEすべてのことは、茶道のRITUAL儀式と同じ、生活の何処にでもそのRITUALは存在するよと言われて、はっとしました。この寒い中でジャガイモをむいているのも茶道と同じなんだと。。。

何しろ、全てを無心でやることが、自分との向き合いなのだと言うことを感じました。自然は厳しいのですが、またその反面優しい、でも目の前のことだけにこだわっていると、それすら忘れてしまうこともあるのですね。そうして、自然に夢中でやるべきことをこなしているうちになんだかとても嬉しい気分になりました。そこで、学んだのは、頭でなく、心で全てをとらえるということで、不思議でしたが、実際のフランス語は早くて、言葉を追っかけるとさっぱりわからなかったのですが、その人、心をみつめたら、急に言葉がすんなり入り込んできました。なにごとも考えすぎないで、無心にとりくむこと、これは、日本の文化にも通ずることではないかと思いました。自然と言う環境に入ることで自分を見つめやすいということを体験しましたが、ヨーロッパの人たちも、そういう環境に興味を持った由縁ではないかと思いました。同じように、日本の文化には、茶道、武道、書道、華道など、無心にゼロになり、頭でなく、身体で感じる、体得するという道の文化、心、精神の文化があります。


◆NIC/LCでの学びの基本 Critical Thinking

さて、NIC/LCで、皆さんが学ぶことは、欧米スタイルのCTを通す表現の学びです。これは日本の勉学では、今までほとんど重視されていませんでしたが、欧米のCTは常にWHYという問いかけから始まります。それは紀元前400年前のソクラテスの哲学からの始まりのように、常に自己探求、真理探究、社会の真実の追究につながっています。一方、日本の哲学は室町時代の職人気質から来ているといわれています。わからなければ道具に聞け(のこぎりに聞け)というように、身体で覚えるという哲学です。そこから日本の文化が発展しています。

そう考えると、私たちの文化と欧米の文化は両極端のところがあります。日本人がなかなか英語がうまくならないというのは、実は、表現の文化ではないからです。でもみなさんが、NIC/LCにきて学ぶことは、その表現、CTから始まるわけです。これはとても大切なことで、日本人だから日本語だけでよいということになると、世界の人々を理解することはまず困難です。相手を知ってこその相互理解だと思います。

まずは、日本の文化を良く再認識し、そして、欧米の文化の深さも知ることで、はじめて、internationalということが言えるのだと思います。Internationalと言う言葉自体何気なく使われていますが、本当は自国を含めて、自分は何者か、というものを踏まえて、他の国々のひとや、文化を理解しあうと言う意味があるそうです。皆さんが、これからの学びで、ぜひ意識にとめて頂きたいと思うのは、CTを使い、頭からその思考を身体に落として、血となり肉になり、そしてそれを自分の心から取り出したときにその人の本当の知性が生まれてくるということです。

私たちの友人、Lakelandの学長Steve Gouldの言葉に、Education is about mind and heart. というのがありますが、学びからくる知とそれを噛み砕く心、感性を大切にし、両方をしっかり学んでいってほしいと思います。


◆“ハード but 楽しい”

最近、孔子の論語がよく読まれていますが、海外でもConfucius孔子の名前とその内容はよく紹介され、人気があります。依然海外の友人と話していましたら、その言葉はwisdom of Confucius or Zukieと聞かれたことがあります。実は私の言葉だったのですが。。そんな風に関心をもたれています。 その論語の冒頭にこう言う文章が書かれています。
「子いわく、学びて時にこれを習う。また喜ばしからずや。朋遠方よりきたるあり。また楽しからずや。。。。」これは、日々勉強してよい友をもつ、これが人生“最上の楽しみ”。
学問をして、それを日常生活の中でいつも自分のものとして復習練習すれば、その学んだものはすべて自分の知識となり、物我一体の境地に達する。同学同士の友が近くだけでなく、遠い地方の人までも訪ねてきて、ともに切磋琢磨すればますます進歩する。また自分が学び得たものを友に伝え、さらに、その友は他に伝え、多数の人に及ぼすことができれば、それまた楽しいことではないか。。。と言う意味だそうです。

孔子の教訓は2400年前のものですが、現在でも実行できる分かりやすい教え、儒教は宗教というよりか、倫理学的なものといわれています。日本の文化の中でもこの教えがずいぶん生きているとおもいますが、この言葉は良く考えると、NIC/LCの勉学につながっていると思いました。

みなさんが半端でない勉学をし、そして、特別な仲間と出会い、学びを通して本当に楽しみを味わうことを体験すると言うことです。学生の合言葉ですが、“ハード but 楽しい”です。それが本当の学びの原点だと思います。ぜひ、それを身体で体験してみて下さい。

◆mission を見つけて

最後にNICでは学生のコメントをのせたパンフにMy missionと言う言葉を使っています。皆さんは、今現在自分のmission使命をご存知でしょうか。たぶん、今明確にわかっている方は少ないかもしれません。大人になってからもなかなか見つからない場合が多いです。でも、まちがいなく、私たちはmissionを持って、生まれてきています。
whether you like or not……です。それに出会うために学び、体験し、自分の場所を探しているのです。そして、本当は心の奥深く。。。の中で知っています。ただ、気づかないだけです。ぜひ、ご自分の夢を取り出し、そして、大きな声で伝え、そしてご自分のmissionをこれからの学びと出会い、新しい体験の中からぜひ見つけてください。

日本も世界も皆さんのような人たちを待ち望んでいます。ぜひ、好きなことをみつけ、それに突進して、そして、周りのひとびとを幸せにし、そして、社会に貢献していただきたいと願っています。皆さんのこれからのご活躍を心よりお祈りいたします。今日はおめでとうございました。



来賓

ロナルド J.ポスト様
米国大使館広報・文化交流担当公使
トニー・フェスラー様
レイクランド大学副学長
シャノン・エリス様
ネバダ州立大学リノ校副学長




<代表スピーチ>
新入生代表(LCJ)
菊池麻希

Gulf Island高等学校(カナダ)出身

おはようございます。本日はお忙しい中私達新入生のためにお集まりいただきありがとうございます。2008年度レイクランド大学ジャパンキャンパス新入生を代表してご挨拶させていただきます、菊池麻希と申します。今日というよき日を皆様と共に迎え、こうして新入生代表のスピーチが行えることを大変光栄に思います。

私は高校2年生、3年生の2年間カナダの高校に留学し、去年の夏に卒業しました。カナダでの2年間は言葉では表しきれない程素晴らしいもので、私は言葉や人種の壁を超え、大きく成長することができました。しかし同時に、現地の人達や、諸外国からの留学生達との触れ合いの中で、彼らは母国に対する深い理解や誇りを持っているのにも関わらず、私は日本に対して無知であることに気づいたのです。

周りの人達は、彼女は日本人だから日本のことを知っていて当たり前と思って私に話し掛けてきました。”歌舞伎と能ってどう違うの?”、”日本ではどうやって総理大臣を決めるの?”、”東京の人口ってどれくらい?” 私の勉強不足、そして小さい頃から海外ばかりに目がいき、日本のことに無関心だったのがたたり、当時の私には答えることが出来ませんでした。将来は海外で仕事をしていきたかった私は、このままでは世界に出て一人前に働くことができない、やり直すなら今と思い、そんな時に出会ったのがレイクランド大学でした。

 将来のために帰国を決めたものの、2年間で培って来た英語力が落ちてしまうかもしれないという不安は大きなものでした。しかし、少人数制のクラス、成績の付け方、そしてもちろん全て英語で行われる授業、まるで海外の学校に戻った気分になり、入学初日で私の不安はどこかへ消えてしまいました。皆さんも他の人達とは違う進路を進むことに不安はあると思いますが、日本にいながらにしてこの様な教育を受けられるのはとても恵まれていることだと思います。



 私がレイクランド大学に入学する際に心がけるようにしたことがひとつあります。それは“私は日本に留学している”ということです。私は日本で普通に勉強しているのではない、貴重な1年間、2年間という限られた時間の中でできる限りのことを吸収して、成長しよう。そしてカナダに留学していた時にカナダに目を向けたように、日本で留学しているつもりで日本のことに目を向けて行こうということです。レイクランド大学は私にとって新たなスタート地点です。レイクランド大学そしてNICで学ぶということは、私たちの世界を見る視野も広がり、また日本を世界からの視点で見ることができるようになります。それにより私たちの考え方も世界基準となっていきます。

私は日本をもっとインターナショナルで開かれた国にしたいという希望を持っていますので、レイクランド大学を卒業した後、国際的な社会で活躍したいと考えています。レイクランド大学で学ぶことすべてが、これからの私の未来にはとても有意義なものとなるでしょう。英語が使えるようになるということはもちろんですが、それよりももっと重要なことは、レイクランド大学で身につけた様々なことを、これからの人生において役立てるということです。世界の人たちにもっともっと日本のことを知ってもらいたいですし、そうすることで、日本のことをもっと世界にアピールできるようになると思います。この願いに終わりはありませんが、私たちがこれから学んでいく力をあわせれば、少しずつではありますが確実に世界を変えていくことができると思います。

 それぞれ違う場所から来て、違う方向に進んで行く私達ですが、今こうして同じ場所にいます。周りに流されず、強い意志を持って入学を決めた私達ですから、辛くてもあきらめず、最後には胸をはって国際人として世界に出て行くことでしょう。それまではお互いに支え合い、励まし合い、夢に向かって進んでいきましょう。




新入生代表(NIC)
鶴田想人
奈良県東大寺学園高等学校出身


30年程前、バングラデッシュ現状を目の当りにして違和感を覚えた一人の若い経済学者がいました。路地には飢えに苦しむ貧しい人々が溢れていました。この悲惨な現実を前に、彼は大学で教えている美しい経済理論の無力さを思い知りました。それから、彼は現場での調査を通じて、少しのお金を用いるだけで貧しい人々の暮らしを大きく改善できることに気がつきました。この経済学者は、グラミン銀行の成功によりノーベル平和賞を受けた、ムハマド・ユヌス氏です。地元の路地での小さな発見が、世界平和へと貢献する大きな業績につながったのです。今日ここにいる私たち一人ひとりも彼のように世界に貢献するポテンシャルを持っています。いま、この素晴らしい可能性について皆さんと共に考えることができ、光栄に思います。

最初に私自身について少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか。私は英語を習い始めて以来、言葉の持つ力に魅了されてきました。皆さんと同じく12歳から英語の授業を受け始めましたが、私にとって英語は単なる学校の一科目だけのものではありませんでした。次第に言語の背後にあるもの、つまり文化について興味を抱くようになりました。欧米文化の様々な側面を理解するために、欧米の映画を見てはジェスチャーを観察したり、西洋の宗教的背景を知るために、聖書さえを手に取ったりしました。しかし、これにも飽き足らず、両親を説得して、1年間カナダに留学するに至りました。

そこでは、とりわけ文化の多様性に圧倒されました。私は東海岸のモンクトンという町に住んでいましたが、人口のおよそ半数もが英語とフランス語の両方を話せるバイリンガルの町でした。その上、ホストファミリーはドイツ人で、学校にも韓国やレバノン、コンゴ、ベネズエラなどのさまざまな出身の生徒がいました。土曜日の市場では、中華料理、オランダのハムやソーセージ、そしてホストファミリーが経営するドイツのパン屋などが店を並べていました。私たちはともすると、違いからは衝突しか生まれないと思いがちですが、モンクトンでは文化の違いこそが町に魅力を与えていました。



同時に違うということの難しさも学びました。最初の数ヶ月は、慣れ親しんだ日本の習慣でさえ英語で説明することがままならず、人々と分かり合えずに苛立ちました。例えば、私たち日本人のお碗を持ち上げて食べる仕草がドイツ人には奇妙に映るのです。しかし私は日本でそれが当たり前であることをとっさに言うことができませんでした。カナダでは、日本で日常的であったことをいつも一から説明することを余儀なくされました。

しかし少しずつ環境にも慣れ、最後にはカナダでの新しい生活様式を受け入れられるようになりました。学校で学んだ英語とフランス語に加えて家でドイツ語も聞いていたので、カナダでの1年間は3ヶ国語に触れる毎日でした。この留学経験から学んだのは、コミュニケーションのスキルとその意志さえあれば、人々は最終的には理解し合えるということです。私たち人間には違いよりも、それを乗り越えるもっと多くの共通点があるのです。しかし残念なことに、実際の世界では紛争が絶えません。それは私がカナダで経験した調和の取れた多様性とはかけ離れた現状です。同じ文化の多様性が、どうしてこうも違った2つの状況を作り出せるのでしょうか?それ以来その理由を探究するために、私の夢は世界平和へ貢献する道を探すことに変わっていったのです。

この夢を叶えるため、まず国際政治を学ぼうと考えました。それによって世界の紛争の多くを解決できると思ったのです。しかし次第に、政治は短期的な利益に囚われているし、世界全体ではなく自国を優先させてしまう傾向があると思うようになりました。もちろん政治家も平和のために働いていることには違いはないでしょうが、それは私たち一般市民とは離れた土壌での話です。次第に私は、世界のために個人レベルで何が出来るかを問うことの出来る学問として、哲学に興味を持つようになりました。

世界平和とは、世界中の人々が互いに理解し合った時に初めて可能となります。そのため国際的な共通語である英語を身につけることは、重要なステップです。そして共通語を用いつつ、世界中の人々とお互いの文化について理解し合う次のステップに進むために、海外で何年か過ごすことが最善の方法だと思い至りました。しかし、海外の大学に進学するプロセスのあまりの複雑さに圧倒され、一時は留学の夢を諦めようかと思っていましたが、その矢先にこのNICに出会ったのです。先輩たちの笑顔や表情を見ても分かるように、NICは夢を共有し育める場所です。私はここなら夢を諦めずに叶えることができる、そう確信しました。

最後に、諺をひとつ。「千里の道も一歩から」。今日、私たちは世界平和へ続く小さな一歩を踏み出したのです。私たちは今日、留学を通して世界の架け橋となる決意をしたのです。スピーチの冒頭で皆さんに世界平和について考えていただきましたが、皆さんの貢献はもう今、この時に既に始まっているのです。

ご静聴ありがとうございました。


<英文>

Good morning.

About 30 years ago, a young professor of economics saw something wrong on the streets of Bangladesh. Despite the beautiful theories he taught at university, the local streets were full of poor people begging for food. The professor was Muhammad Yunus. He then sought a way to solve the real problems occurring on the streets and found that a little amount of money could improve the poor people’s lives greatly. This was the beginning of the Grameen Bank, for which he was awarded the Nobel Peace prize in 2006. His little discovery led to his great contribution to world peace. Like Mr. Yunus, each of us here has a chance to make our contributions to the world, and it is my honour to stand before you today and share some insight on what we can do to realize this great potential.

But first, let me begin by sharing some information about myself. I have been fascinated by the power of language since I began learning English my first foreign language. Like many of you, I began learning English at the age of 12, but to me it was more than a subject in school. I then became increasingly interested in what lies behind the language, that is, the culture associated with it—something that is acquired beyond the classroom. At that time I tried so hard to understand every aspect of English culture, observing gestures like “air quotes” in English movies that I watched, even going so far as to pick up a Bible to learn the religious background of the West. But this was not enough. I wanted to know more. Therefore, I persuaded my parents to allow me to study in Canada for a year.

At first, I was overwhelmed by Canada’s great cultural diversity. The city where I lived, Moncton, in eastern Canada, was a bilingual city, so half the population spoke both English and French. Moreover, my host family was German, and at school, there were some friends from Korea, Lebanon, Congo and Venezuela. There were Saturday markets with Chinese noodles, Dutch hams and sausages, and a German bakery owned by my host family, where I sometimes helped. We might tend to think that differences only produce conflicts, but there in Moncton, the cultural differences made the town a more vibrant and interesting place.

At the same time, however, I learned the difficulty of being different. I was frustrated when I couldn’t understand the people there and when they misunderstood me. In the first few months, I wasn’t able to explain the very familiar Japanese customs in English. For instance, we Japanese pick up the bowl when eating, and this is different from the German manner to keep the bowl on the table. It was very odd for my German host family when I picked up my bowl to eat, but I could not explain why my way is the customary way in Japan. I was constantly having to explain or defend what was commonplace to me.

However, I eventually found myself living in comfort, accepting and understanding my new way of life. This year became a trilingual experience for me because it was there that I acquired German at home with my host family in addition to English and French at school. I learned the hard way that with the skill and the will to communicate, people can eventually understand each other beyond the differences. As humans, after all, we possess more similarities than differences among us. However, in reality, we hear of ongoing conflicts around the world, which is very far from the harmonious diversity that I experienced in Canada. How can the same cultural diversity create two different situations such as these? I wanted to know the reason for this sad gap. Since then, my dream has been to find a way to contribute to world peace.

To do this, I first wanted to pursue a career in politics, believing that with that knowledge I could contribute to solving some of the conflicts in the world. However, it later seemed to me that politics tends to focus on short-range goals that would benefit a country rather than the world. I know that politicians are trying to make peace, but it seems only a matter concerning politicians and diplomats, and not us the general people. I then became interested in philosophy because this seems to be a career in which I can seek and do what is best for the world at the level of the individual.

World peace occurs when people around the world understand one another. Therefore, English, the agreed-upon international language, is a very useful and important skill. Knowing this, I thought that spending some years abroad was best. However, the process of selecting a potential university overwhelmed me so much that, in fact, I had nearly given up my dream of studying abroad. It was then that I discovered this institution: NIC. Proven by the satisfactory smiles by the former students, now studying abroad, NIC seems to be a place where people share and grow their dreams. With the warm help from friends, the NIC staff and teachers, I could follow my dream through to the end.

Lastly, as a proverb says, “A journey of a thousand miles begins with a single step.” And today, we have all taken the first small step towards peace. By deciding to study abroad we will bridge those cultural gaps that impede communication around the globe. In the beginning, I had you think about world peace, but now you should realize that you are already a part of it.

Thank you very much.





<特別講演>
村上和雄様
筑波大学名誉教授


「異文化に触れて、遺伝子のスイッチをオンに!」

皆さん、こんにちは。本日、皆さんの前でお話をできることを、たいへん楽しみにしてまいりました。私は生命科学といわれる教育研究の現場にもう50年もおりますが、ごく最近の話から少し話をさせていただきます。私どもの研究グループは、4年ぐらい前から吉本興業とジョイントイベントを始めております。したがって今日の話は肩の力を抜いて聞いていただきたい。吉本と組んで何をやっているかというと、「笑いがどの遺伝子のスイッチを入れるの?」という研究をやっております。


◆薬の代わりにお笑いビデオを出す病院?!

実は、人の遺伝子番号が今から4、5年前に全部解読されました。そして非常におもしろいことがわかりました。その1つは、人の遺伝子本体をDNAといいますね。人の全DNAのうちで、本当に働いているのは2%内外であった。わずか2%しか働きがよくわからない。あとの98%は何をしているかさっぱりわからないんです。まあ、さぼっているのか寝ているのか、将来のために備えてあるのか。

そうすると、寝ている良いDNAのスイッチをオンにして、起きている悪いDNA―例えば病気になるためのDNA―のスイッチをオフにすることができれば、私どもの可能性は何倍にもなる。そういうことが科学の言葉で語られようとしている、ということであります。これはたいへんエキサイティングなことですね。

それで、私どもは「笑いによってどの遺伝子のスイッチが入るの?」という研究を開始しました。そして一番初めに「笑いは糖尿病患者さんの血糖値の上昇を大幅に抑えることができる」ということを見つけました。これは私どもの予想を超えて、大幅な抑制効果がありました。これはお医者さんもびっくりしておられまして、私がこの実験の計画をお医者さんに持っていきましたが、「笑いと遺伝子の関係をやりたい」と。そうしたら、「そんなアホみたいな実験は、まともな医者はしません」と。だから私どもの特徴は、ちょっとまともじゃなかったというところが……。ところが、このデータを見て、これはおもしろくなった、すぐ発表しましょうということで、私どのも実験結果は、すぐにアメリカの有名な糖尿病の学会誌に掲載されました。それをロイター通信という世界的な通信社が取り上げてくれまして、全世界に発信してくれました。


自分で言うのもおかしいのですけど、私どもの研究は、世界からも注目されだしております。なぜかと言いますと、この実験が進んでいきますと、薬の代わりにお笑いビデオを出すような医療機関が出てくる可能性がある。ひょっとしたら、医療の質を変えることができるかもわからない。夢が膨らんできました。今の医療は非常に高度な医療であります。しかし、あの医療行為は患者さんの体からみますと、あまり快くないですね。手術なんて、できればだれだってしたくない。薬も、私は飲み過ぎないほうがいいと思っております。

本日は薬の関係者がおられないので言いやすいのですけど、私の友人で薬屋の社長がおりますが、彼はほとんど薬を飲みません。なぜかと言うと、「薬には副作用がある」ということをよく知っているわけです。副作用がない薬というのは「効かない薬」なんですね。薬には副作用があるけど、笑いには副作用がないと思われます。笑い転げて死んだという人は、だれもいないんですね。おなかが痛くなるとか、たまにあごが外れるという人がありますが。(笑い)これは、副作用のない薬になるかもしれないというので、私どもは吉本と4回、共同実験をやっております。

最初に来た吉本の芸人さんはB&Bでした。皆さんがご存じかどうか知りませんが、島田洋七さんという人が『がばいばあちゃん』というのでブレークしております。それで、B&Bは非常におもしろく笑わせてくれまして、そして、終わった直後にある人から質問がきました。それはどういう質問かというと「B&Bという薬はどこで売っていますか」と。(笑い)冗談かと思ったら本気なんですね。(笑い)人の話をいかにちゃんと聞いておらんかということと、患者さんにすれば、もう「治療といえば薬」という先入観があるんです。で、これは薬ではない。これに勇気づけられまして、私どもは「笑いを誘うDVD」というのをつくりました。タカアンドトシというのが出ております。

◆45年前のアメリカ留学

こういう研究を、私は今やりつつあります。なぜこんな研究をやっているかというと、私は遺伝子の暗号解読だけでも25年もいるのですけど、その中で感じだしたことは、「心を変えたら遺伝子の働きも変わるのでは」と思いだしました。心を変えたら遺伝子の働きも変わる。遺伝子の暗号そのものは変わらない。しかしオンとオフが変わる。オンとオフが変わるということは、これは遺伝子が変わったのと同じ効果を持ちます。

私は心を2つに分けております。陽気な心、楽しい、うれしい、喜ぶ、感動、深い祈りまでもが遺伝子のスイッチをオンにして、陰気な心、ネガティブな心――いじめとか不安とか恐怖とか、そういうものは悪い遺伝子のスイッチをオンにする、というふうに思っております。それで、この研究をこれから継続していきたいと思っているんです。

しかし、私が一番長いことやっていた研究は、こういう研究ではありませんでした。実は私は、今から45年前にアメリカへ行きます。そして、アメリカへ行ったということを抜きには、私の研究人生はほとんどありえないと思っております。

45年前のアメリカというのは、おそらく若い皆さん方は想像できないと思いますが、本当にすばらしいアメリカでした。そこで私はいろんなことを学びました。1つは、非常に私にとって決定的だったのは、「立派な人に出会った」ということなんですね。アメリカは、やはり科学では一流の国であります。あるいは超一流な国。超一流な国には超一流の人がいるということですね。だから外国に行って、特にアメリカへ行ったことは、そこで私はすばらしい人に出会ったと。出会いが人生の――研究人生の宝ということがありますが、そういう非常に貴重な経験をしました。

そこで私が知ったことは、「偉い先生ほど威張っていない」ということがあります。偉い先生ほど、私どものような、何かわからん人にも非常にていねいに対応してくれる。それで、日本に帰ってきて威張った先生に出会いますと「あの先生はまだまだやなあ」と、こう思うことになった。(笑い)

それから、アメリカ人は非常にオープンマインドで、私ども日本人に比べて非常に心が開けている。例えば、私はメディカルスクールに行きましたので、廊下でしょっちゅうきれいな看護婦さんに出会います。出会ったとたんにクイックスマイルで、にこっと笑ってくれるんですね。これはたいへん感じがいいですね。

だから笑いは、体にいいだけではなくて人間関係をよくする。私は日本でモテなかったのに急にモテだしたかと思ったら、先輩に聞いたら「おまえ、あれはあいさつなんやからな」と。(笑い)しかし、非常に人間関係が良くなる。だから、アメリカという国は非常にオープンマインドだということを強く感じました。

私は足かけ10年アメリカにおります。そして最後のほうは、アメリカの大学で講義をしておりました。私がアメリカに行かなければ、「アメリカの学生さんに英語で講義をする」というようなことは、絶対に起こりえなかった。

環境が変わったんですね。しかしアメリカの学生さんは、ご存じかもしれませんが、生意気なので、しょっちゅう授業中に質問をするんですね。それから、答案を返すと文句を言ってくる学生さんがおりまして、「先生この答案は、ちょっと私の点は低すぎると思います」と言うから「おまえ、ここ違っているじゃないか」と言ったら、「そこは先生の英語の発音が悪くて、よく聞き取れなかった」とか。(笑い)


◆ユーモア、オープンマインド、そして厳しさ

私の感じでは、アメリカの先生は授業に非常に力を入れておられます。日本の先生が力を入れないとは言いにくいんですけど、授業に非常に力を入れておられる。それからユーモアのセンスがあるんですね。これがなかなかまねできない。

それで、アメリカの教授がどういうジョークを言うかというのを1つ披露します。糖尿病の講義が始まります。教授がビーカーに液体を入れたのを持って入ってきて、「これは何か当てろ」と言う。ヒントがないからだれも当てられない。「今日から糖尿病の講義を開始する。糖尿病というのは尿に糖が出るから糖尿病という名前がついている。この糖尿病の語源は、ラテン語で『蜜のように甘い』というところからきている。この蜜はちょっと甘いはずや。大昔のお医者さんが、その人が糖尿病かどうかをどうチェックしたかというと、この尿をアリがたくさん集まるアリ塚にまく。甘いからアリが寄ってくると、これは糖尿病だと、こうして診断していたんだ」と言うんですね。

もっとすごいお医者さんは、尿の中に指を入れて、なめてみて「いやあ、悪くなってきたな」とか「快方に向かいつつある」とか、こんなことまでやった医者がいる。で、医者は患者さんのために、たまにはこういうこともやるべきであると。それで、その教授が、昔の偉いお医者さんを偲んで、指を入れてなめてみたんですね。そうしたら学生が「ひゃあっ」と言いました。その教授は「医者には勇気がいるんだ。おまえたちは将来、手術もやるんじゃないか。なめるぐらいなんだ!」と言うわけですね。「この尿は一番搾りだ」と言うんですね。(笑い)腎臓で血液を濾過(ろか)して絞りたてだ、フレッシュだからやれと。

だいたい尿療法という、尿を飲んで元気になろうというのは、何千年来そういうものが世界中で行われています。「これはフレッシュで毒にならんから、やれ!」と命令したの。すると学生はいやがっていました。「なめないやつはクレジット(単位)をやらないからな」と。もう学生は覚悟しました。単位をもらわないと医者になれませんからね。まあ教授がやったのだから毒にはならないだろうと。「置いておくと酸化して悪くなるから早くやれ!」というので、先を争ってやったんです。全部終わって「よくやった。医者には勇気がいる。ただ勇気だけではだめだ。おまえたちは、おれの指の動きをちゃんと最後まで見届けたか? おれは人さし指を入れて、なめたのは中指である!」と言うわけ。(笑い)

こういう講義は日本の先生にはなかなかできないんですね。だから、私が知ったのはユーモアのセンス、それから非常にオープンマインド、それからもう1つは「非常に厳しい社会だ」ということを知りました。アメリカはノーベル賞をとられても、けして大学の教授の身分は安泰ではないんです。アメリカ人がどういうことが言っているかというと「ノーベル賞、5年たてばただの人」と。ノーベル賞の有効期限は5年ぐらいしかないことがあるんです。

この先生は、昔はたしかにすばらしい業績を上げられた。しかし最近5年ぐらいは全く見るべき業績がない。どうなるかというと、研究するためには研究費の申請をしないといけない。研究費の申請が、ひどい場合にはバツ、ノー。研究費がこないということはどういうことかというと、「あんたは研究をやめてください」ということですね。もう、金の切れ目が研究の切れ目なんです。そして、これはたいへん厳しいんです。

だから私は、アメリカの大学はプロ社会だなと思いました。プロは、「昔横綱になった」と、それは尊敬してくれますが、「負け越したら引退してください」ということが非常にはっきりしている。そして、アメリカ人が厳しいんですから、日本人(に対して)はもっと厳しいんです。

◆天下の横綱に勝った時

しかし私が今考えてよかったことは、この厳しい研究環境にいたということが、私の今の大きな財産になっております。そして私は、高血圧の研究に入っていきます。高血圧の原因追及という。この研究を20年もやっておりますので、なんぼでもしゃべることがあるのですけど、最後の大きな山場の話を1つします。

私どもは、その高血圧の引き金を引く遺伝子暗号解読という大きな山場に差し掛かっておりました。しかも私どもの競争相手が、アメリカのハーバードという一流大学と、パリにありますパスツール研究所。この間に挟まれまして、私どもは99%負けたと思っていました。しかし研究は不思議なことが起こるんですね。私どもは最後の土壇場で逆転できまして、9回の裏逆転満塁ホームランのようなことが起こったんですね。

当時の実力を正確に評価しますと、ハーバードとかパスツールは天下の横綱なんですね。私どもの実力はよくわからない、前頭もかなり下のほうです。だから十番実力勝負をやれば九番は負けるんです。しかし研究人生も、やっぱり「勝負!」という時があります。この勝負にかけて、しかも天が味方したとしか言えないような幸運に恵まれて、最後に電子暗号解読をやったのは、私じゃなくて25、26の大学院の学生さんなんです。

最後はみんな下宿に帰らないで、安物の寝袋を買ってきて研究室の中に寝泊まりを始めました。なぜかというと、遺伝子が捕まったんです。遺伝子が捕まったということは、ゴールがはっきり見えました。必ずゴールに到達する――世界の強豪が先に走っています。追いつくためには時間勝負なんですね。だから死後はみんな、睡眠時間を削り、体重を削るというすごい力が出ました。

なぜか?毎日まいにち新しいデータが出てきます。世界でだれも知らないデータを、いま私たちが見ているという感動であります。それから、ひょっとしたら、わが弱小チームは、このままうまいこといけば世界のトップグループに入れる。こんなラッキーなことは人生にそう何度も起こらない。天というのは公平ですから、1人の人をひいきしないの。こういう環境に入ると、普通の学生さんが変身するんです。私は、「感動が遺伝しのスイッチをオンにする」と言っていますが、この時の経験にもよります。しかし、まあこんな格好いい話はあまりなくて、負けたことのほうがずっと多いのですけど。負けたことは時間の関係で省略いたします。(笑い)私どもは人の高血圧の遺伝子を捕まえた。そして研究がのびていきます――これも省略します。なぜかというと、皆さん方にとっては、どの大学が勝ったって、そんなことはどっちでもいいと思いますから。


◆すべての生き物の遺伝子暗号を書いたのはだれ?

これから残りの時間を遺伝しの話に集中します。ここから先を真剣に聞いていただきたいんですね。今までの話は全部忘れてもらって結構ですから。

皆さん、ご存じだと思いますが、遺伝子には2つの働きがあります。1つは、「親の遺伝子をもらって、それを子どもに伝えていく」という、世代を超えて情報伝達という役割がありますが、実は遺伝子にはもう1つ、非常に大切な働きがあるのです。何か?遺伝子は「今すべての生き物の中で、正確に休みなく働いている」ということであります。遺伝子がちゃんと働かなければ、私どもは一刻も生きていけないのです。

そして今おもしろいことがわかったことには、「遺伝子は環境によってスイッチがオンになったりオフになったりする」ということであります。そして今ものすごい勢いで遺伝子暗号の解読が進んでいます。私どものチームだけでも16,000個の遺伝子暗号を解読しました。16,000個。これはわがチームの誇りであります。だからときどき遺伝子暗号を眺めながら「わがチームもよくやったなあ。特に若い人ががんばった」と思って遺伝子暗号を見ておりました。

しかし私は遺伝子暗号を見るたびに、だいぶ前から不思議なことに気がついておりました。それは、この読む技術もすごいのですけど、もっともっとすごいことがある。これに気がついたんです。気がついたら当たり前だったんですけど、「読む前にすでに書いてあった」ということですね。「書いてあったから読める」のです。書いた人と読める人とどっちが偉いかというと、まず書いた人が偉いんですよね。

すると「人の遺伝子暗号を、すべての生き物の遺伝子暗号を書いたのはだれ?」。人間ではないですね。人間が人間の遺伝子暗号を書けるわけがない。でたらめで人の設計図なんて書けるわけがない。今、ヒトゲノムという言葉がよく出てきますよね。あのゲノムというのは、ヒトの全遺伝子が入った1セットをゲノムと言っているわけです。

私どもはお父さんから1ゲノム、お母さんから1ゲノムもらうわけです。そして、このゲノムを全部読んでみたら、約32億の科学の文字(塩基)からなっている。32億の科学の文字(塩基)というのは、ちょっと想像がしにくいのですけど、1冊1,000ページの本が3,200冊なんですね。その3,200冊の情報を両親から1セットずつもらう。それが細胞の中の、核の中に入っているんですよね。全部の細胞に1セットずつ入っている。

万巻の書物が1グラムの何分の1に入っているかと想像してみてください。ヒトの全遺伝子暗号が。時間がないのですぐに答えを言いますが、1グラムの2,000分の1ではないんですよ、2,000億分の1なんですよ。アンビリーバブルですね。1グラムの2,000億分の1という、もう極小の空間に万巻の書物が書き込んであるという事実。しかもそれが間違いなく、休みなく働いている。

これを本当にやっているのはだれ? 人間ではないわけです。まさにこれは人間業を超える不思議な力として言いようがないんです。私はその不思議な力を「Something Great」という言葉を使っています。なぜ英語を遣うかというと、私が英語ができるのを見せびらかしているのではなくて、欧米の人にもわかってほしいという思いも入っていますが、「Something Great」とは何か?

これは人類の永遠の課題であります。科学者は、これからずっと「Something Greatとは何か?」ということを追いかけていく。おそらく、理性や知性だけでは全部わからないかもしれない。しかし、この「Something Great」としかよべないような働きがなければ、私どもは一刻も生きていけないわけです。これ(Something Great)は普通の言葉で言えば「目に見えない大自然の不思議な力」であります。

私は、本当に大切なものは目に見えないのではないかと思っています。心が目に見えませんね。命が目に見えない。すべての命、生物の暗号を抱え込んだ不思議な力も目に見えない。だから、本当にすごいものは目に見えないかもわからないのです。金子みすゞさんの詩の中に「見えないけれどもあるんだよ 見えないものでもあるんだよ……」という詩がありますね。今、私どもは「目に見えるもの」の価値に重点を置いていますが、本当にすごいものは目に見えない。

しかし「Something Great」ということは何かと。アメリカに講演に行きますと、「GodとSomething Greatはどう違うんですか?」という質問が来るんですね。「そんな難しいことは聞いてくれるな」と言っているのですけど、まあ私は何か定義をする必要があって、「Something Great」の私の定義は非常に簡単なんです。私どもには両親がありました。間違いないですね。両親には両親があったんです。さかのぼっていきます。子どもは石ころからだけ、親なしで生まれてくるわけがないの。私どもの体は、それは分子や原子は石ころの親戚かもしれないけど、どうしてこんな人間のようなものが、なんの努力もなく、なんの思いもなく、なんのデザインもなく、でたらめが重なって生まれてくる、偶然が重なって生まれることは考えられない。だから私の「Something Great」の定義は、「すべての命のもとの親のようなものであり、その親は、現在私どもの中で働いている」わけですね。そういうものを「Something Great」というふうに私は名づけております。


◆「生きている」ということは、ものすごいこと

すなわち「Something Great」のおかげで、すべての生き物が生きているわけです。ということは「生きている」ということは、ものすごいことなんですね。私は医者ではありませんので、なるべく簡単な生き物を扱っています。例えば大腸菌であります。大腸菌にどれだけ世話になったかわからない。大腸菌を使って何人もノーベル賞学者が出た。何千人のバイオの博士が生まれた。しかし、これほどまでに知識がたまっていても、私どもは細胞1個、もとからつくれないんですよ、「もと」から。

コピーからコピーはなんぼでもできます。今、例えば「ヒトのホルモンを大腸菌でつくる」なんていうことは、お茶の子さいさいなんです。そんなことができる私どもが、細胞1個、もとからつくれない。なぜか。「細胞がなぜ生きているの?」ということの、本当の仕組みについて、生命科学も医学も、まだ手も足も出ないのです。これは、あんまりはっきり言うと、私どもの値打ちが下がるような気がしますので、昼間はわかることだけを講義するんです。

私どもは、材料についてはかなりよく知っているんですけど、材料を集めても命が生まれないんです。細胞1個でも、私どもはまだわからないのに、まして人間が生きている。ただごとではないのです。人間は60兆の細胞からなっている――教科書にも書いています――60兆ですよ。あれはしかし、教科書に書いてあるんですけど、本当はだれも数えたことがないんですよ、あれは。「体重1キログラムあたり1兆個」と計算しています。自分の体重で何十兆個あるとだいたい推定できますけど、簡単に60兆とします。60兆という数は、地球人口六十数億の1万倍なんです。だから私どもの体の中には、地球人口の約1万倍の小さな生き物が詰まっているわけです。

細胞は生き物なんですよ。それが、どうして細胞同士のけんかが起こらないの? 見事ですね。なんでこんな見事なことができるの? 細胞は自分独自の働きをやりながら、ほかの細胞を助けて、臓器の働きをやっている。臓器は自分独自の働きをやりながら、ほかの臓器を助けて、私どもが生きているんです。なぜこんなに見事な助け合いと調和ができるの? お医者さんは「自律神経がやっている」とおっしゃいます。「それじゃあ聞きますけどね、自律神経を動かしているものは何なんですか?」と言うと、なんにもわからない。わからないけど、生きているんです。

だから、「生きている」というのはすごいことですね。まして人間が生きているのは。そして、こんなすごい助け合いが、ハーモニーがでたらめにできるわけがない。どこかに情報が入っているはずです。私は遺伝子に入っていると思っています。遺伝子の中には、細胞を、自分独自の働きをやりながら、ほかの細胞を助けなさいよと。臓器は自分の働きをやりながら、ほかの臓器を助けなさいという、そういうリーダー的といわれるような遺伝子があると、私は思っています。

これが21世紀に見つかるのです。できれば私どもが見つけたいと思いますが、これが21世紀の科学なんですね。そうすると、今まで仏陀とかキリストとか、人類の教主が言ってきた慈悲とか愛とか助け合いとか思いやり、その教えが、遺伝子の言葉で一部語られる時代が来る。たいへんエキサイティングですね。そういう時代が21世紀に来るんです。

とにかく生きているということはただごとではない。私どもの遺伝子は38億年続いているんですよ、最初から。38年間、私どもの遺伝子は一度も大きな事故に遭っていない。ミステイクがない。ノーアクシデント、ノーミステイクで38億年。だから、生まれてきたというだけで、これは大奇跡と大幸運の連続で生まれてきた。そういう意味で命は尊いんですね。

◆21世紀は日本の出番がくる

私は、最後の結論は「21世紀は日本の出番がくる」と思っています。日本の出番がくる。なぜか?日本は科学技術の力、経済力を身につけました。しかし、日本には、日本人には長い精神文化の伝統として「Something Great」を感じる感性がある。この感性、日本人の感性と、西洋人のCritical Thinkingとか科学技術とかを両方、調和を持てる国は、私は日本しかないと思っています。そして、私はそういう国にぜひしたいと思っています。それは、皆さん方のこれからの生き方にかかわって、かかっているわけです。

最後に、私の好きな哲学者の言葉を皆さんに贈りたいと思います。「生きるということは、ただ単に生きながらえることではないのです。生きるということは、何かに命をかけるということなのです。命をかけたら、その命は美しく燃え上がります。あなたは何に命をかけますか?」という、そういう詩がありました。

だから、「命をかける」ということが私どものミッションなんですね。私は、遺伝子というのは、ノーベル賞をもらったおじさんも、隣のあんまりぱっとしないおじさんも、99.9%は同じ遺伝子暗号なんですよ。差は1,000に1個しかないんです。もちろん、その1,000に1個の差が、その人に大きな能力とか、才能に大きな影響を与えるのですけど、私は「99.9%同じ」というところにもう少し重点を置こうと。

先ほど言ったように「生まれてくる」ということが、すごいことなんですね。しかし、私どもはやはり、遺伝子のスイッチをオンにするのにどうもあんまりうまくない……オンにする1つは「環境を変える」、「すばらしい人に出会う」。そういうことで、皆さん方はまさにこれから特に異文化に触れる。それから、違う人と出会うことによって、私は、間違いなく遺伝子がオンになるというふうに思います。

そして私の好きな言葉に「にこにこ顔で命がけ」ということがあります。命をかけている人は、どうも難しい顔をしているような人が多いのですけど。そして、にこにこしている人は、どうもあまり命がかかっていない人もいるのですけど、「にこにこ顔で命がけ」。これは私の恩師から頂いた言葉ですけど、特に私は、これからまさに新しい大学に入られたということは、まさに皆さん方はほんとにそれぞれの使命があると。そして人間には、すべての人が花を開く可能性があると、私は思っています。

「Something Great」みたいな立派な命の親が、特定の子どもだけひいきするわけがないんです。それぞれ全部ミッションを持っていますし、「遺伝子がちょっと違っている」というところが、それぞれのミッションと関係がある。そして、できたらぜひ、日本を世界で尊敬される国に、世界に役立つ国にしてほしい。それは、皆さん方の活動にかかっているわけです。私は、日本にもそういう使命があるし、日本人の1人1人、特にこれからの日本人に大きな使命があると。それを、心から期待して、私の話を終わります。どうもありがとうございました。
(拍手)










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