TOP
第19期生
第18期生
第17期生
第16期生
第15期生
第14期生
第13期生
第12期生
第11期生
第10期生
第9期生
第8期生
第7期生
第6期生
第5期生
第4期生
第3期生
第2期生
第1期生
同窓生インタビュー

<2007年秋>
中山莉彩さん NIC第14期生 東京都私立晃華学園高校出身
カリフォルニア大学バークレー校 芸術学部卒
ニューヨーク大学大学院アートセラピー専攻 2008年5月卒業



世界有数のアートセラピープログラム


マンハッタンのオアシス、ワシントンスクエアパーク周辺に点在するニューヨーク大学の校舎群。そこで
現在莉彩さんは大学院でアートセラピー(美術療法)を学び、昼間はマンハッタンから電車で30分ほどの、ニュージャージーの大学病院で働いている。ニューヨーク大学のアートセラピープログラムは、全米でもたった5校しかない、全米美術療法学会(the American Art Therapy Association)認定のコースで、5校の中でも一番初めに認可されたプログラム。30年以上の歴史をもち世界トップレベルとして国際的に知られている。

日本におけるアートセラピストの地位はまだ広く認知されていない。文部科学省所管(財)生涯学習開発財団認定資格として、その資格は比較的誰でも短期間で取得できるが、一方アメリカでは、アートセラピストは通常大学院修士号レベルの資格となっており、卒業後は、心理療法の専門家として、患者をサポートできる。

莉彩さんがインターンをやっている場所は、144年の歴史をもつHoboken University Medical Center。もともとは教会からの援助で設立されたが、現在は政府の助成で運営されていて、周辺の大学と提携している。

そこで莉彩さんは実際に精神科病棟で、Supervisorの監督のもとで、子どもから高齢者まで、外来患者、入院患者のケアをしている。自殺未遂をはじめ、命を落とす手前で来る患者もいる。

去年は主にアルツハイマーの患う高齢者を担当していたが、今年は、さまざまな症状をもつ患者さんをケアしているという莉彩さん。
「まずは状態、感情など、当人のもつ問題に関して話し合います(もちろん病状などの当人の記録はあらかじめ読んでおき、必要なことは医師/看護師と話し合います)。その後で患者さんに絵を描いてもらうのですが、例えばうつの人の場合は、カウンセリングの時でも話したがらない人が多いので、絵を描くことが効果的だったりします。無意識の意識、潜在意識というものが、絵や色に表れますし、絵を描くという行為そのものがリラクゼーションにつながって、集中して描いているうちに、気分も落ち着いてくる。また、絵について話をしてもらいうことが自己分析へとつながり、間違った認識を正すことにもなります。」

子どものケースでは人形やお面(マスク)を作らせることもある。
「ADHD(attention-deficit hyperactivity disorder:注意欠陥/多動性障害)の子どもの場合、グループでのセラピーを行います。子ども達は、場所や道具を共有することから他者への配慮、人の意見を聞くことを学びます。作ったマスクに名前を付けてもらい、インタビューをするんです。マスクは人の顔を象徴していて、その子自身の考えや生き方を大きく反映しています。これが自己意識、Self awarenessにつながるんですね。また何かを自分の手でつくることで『達成感』という喜びを味わうことができます。喜びを再び得るため、集中することの重要性を学んだり、自尊感情(self-esteem)をあげるきっかけになります。」

一方で、アルツハイマー病の患者さんには、立体的である、触ることができる、香りが強い、色が鮮やかである、などの物を使用したセラピーが効果的だと言われている。
「例えば季節の果物を利用し、患者さんに重さ、色、形、匂い、味、想像する季節、それに関する記憶等を答えてもらう。言ったことは「無条件の受け入れ(unconditional positive regard)」として、否定せずに復唱し、会話を続ける。人間の五感をフルに使ってもらい、脳に刺激を伝えることは症状を遅らせせられる、といわれています。」

今年の夏は、タンザニアに1ヶ月間研修に行ってきた。「HIV患者の心のケアや孤児院の子ども達のサポートをしてきたのですが、アフリカでは精神科の病気というのは後回しにされている。当然のことながら、医者の数が絶対的に少なく、薬もない、物資もない、お金のある人が先に診療を受けられる。。。精神的な病は、周りからの理解が得られず、隔離されることも多い。一昔前の日本と同じです。」


迷いながら選んできた道

高校時代、勉強のほうはいまいちだったという莉彩さん。晃華学園では、中学から英語のクラスが能力別に分かれており、テストごとにクラスが入れ替わる。莉彩さんは中学3年の時は、一番下の「D」クラスだったこともある。「その後もBやCを行ったり来たり。全体の順位も一番悪かったときは学年120人中100番くらい。あっ、これ書かなくていいです(笑)。」 

一方で、「校則に常に従うような優等生ではなく、かなり、自由に高校生活を送っていた」莉彩さんは、生徒会副会長もやり、演劇部でも中心的な役割を果たしていた。「教科書は折り目もなく、きれいなまだだった(笑)」が、他バンドやリサイクル委員、学校新聞制作委員などもやり、無遅刻無欠席で高校生活をエンジョイしていた。

NICでもごくごく普通の成績。クラスはINというちょうど真ん中のクラスから始まったという。NIC修了後進学したカリフォルニア州のディアブロバレーカレッジでは、勉強だけでなく、NIC時代の仲間数人とフジテレビ『灯り・物語』の製作チームにも加わったり、日本語を教えるボランティアや、ドメスティックバイオレンス(DV)シェルターのリサーチアシスタントもしていた。
「DV被害者の作った、アグレッシブな絵をここで見たことがあります。それもアートセラピー専攻のきっかけかもしれません。」

バークレーではアートを専攻しながら、メディカルスクールへの進学も考えて、Pre-Medicine(医学大学院進学課程)も同時にとっていた。 「バークレーを卒業するぎりぎりまで、大学院で何をやるか決めていなかったのですが、結果として、アートと医療を結びつけることができたのは良かったと思います。」

病院の患者さんには、スペイン語しか話せないヒスパニック系の移民も多いという。その中で莉彩さんは
卒業したらペルーに行って少し仕事をして、その後は、メディカルスクールか、心理学で博士課程に行きたいと考え始めてきた。「アートセラピーの仕事を通して、もっと上のレベルで医療に携わりたいと考えています。」


感情をコントロールできるようになった。

34歳で台湾から来日してきた数年後、国立大学医学部に入学し外科医となった父親とアーティストの母親の間に育った莉彩さんは、見事に両親の遺伝子を受け継いだ。
「父親は医者と弁護士しか仕事として認めない、偏った考えを持っていたと思います。そういう家庭的影響もあってか、兄も医師になりました。もしかしたらアートを選んだのは、そういう父親への反発もあったと思います。」

小さいときから、つらいときには絵を描いていたという。「絵とか音楽は感情に深く関係していて、何かを表現するということにとても役立つものだし、絵は感情のはけ口になるんです。」

「フロイトの言葉でいう昇華(sublimation)だけれど、Artをやって自分で昇華させることで、自分の問題や家族の問題を見ることができた。」そのことが結果として大学院に来てとても役立っているし、病院での仕事にも役立っているという。

患者とのセッションを通して学ぶこともたくさんあるという。
「アメリカに来て精神的にも強くなったと思います。認知転換(Cognitive Transition)っていうのですが、人は思い込みでどんどん悪い方向にものを考えがちなんですが、反対に、何でそういう負のサイクルが起こったのかを分析することで、物事をポジティブに考えられるようになるし、そうすればトラブルや壁にぶつかったとしても感情をコントロールできるようになる。」

将来の夢は、「今のところはアフリカで数年働きたいです。タンザニアでの研修はたった1ヶ月だったので、もっと地に足をつけてアフリカの現実を直視したい。」


Pole Pole (ゆっくりゆっくり)

スワヒリ語で『Pole Pole』という言葉がある。『ゆっくりゆっくり』という意味だ。
「忙しいときに、あせってストレス感じてフリークアウトして『きーっ』ってなっているときに誰かに笑顔で『Pole Pole』って言ってもらうと、『はっ』と自分の余裕のなさを反省することだってできますよね。焦っても何もいいことないですしね〜。ちなみに『時間がない』『忙しい』を言い訳にすることは好きじゃないです。時間はつくるものだし、忙しさは自分で感じることだし、どちらも人にアピールすることじゃないと思っているからかもしれません。」

人種のるつぼといわれるアメリカだが、人々はとてもやさしい。
「バークレーで一緒に住んでいたヤスミンちゃん(イラン系アメリカ人)は今でも親友です。彼女は日本の文化もリスペクトしてくれて、『リサが部屋の中で靴を脱ぐなら、私もそうする』って言ってくれたんです。しかも彼女のすごいところは、卒業する間近までそのことを私に言わなかったんです、ひっそり理解してひっそり行動してくれてたんです。私は、彼女って靴を脱ぐ生活習慣の人なんだとずっと思ってたんですね。実はそうではなかったということを知った事の発端は、彼女の従兄が遊びに来た時です。彼女が彼に『うちでは靴ぬいで』、と言ったことから二人は喧嘩になりました。私が『なんで喧嘩してるの?靴履いてるぐらい、、、』と言うと、『彼にはリスペクトってもんがないのよ。たしかにアメリカにいる私たちのファミリーは家の中で靴を脱がないけどね(イランでは大体の家が脱ぐ)、でもリサは脱ぐでしょ?だから私も脱いでる。そういうのって暗黙の了解で我が家のルールでしょ。この家に来る人には脱ぐように言ってるし、彼も脱ぐべき』とヤスミンが言ったんです。「えっそうだったの〜」、って驚きましたよ。「じゃあずっと合わせてくれてたんだ、なんだか気づかなくて悪かったなぁ、、、」という私に、彼女は「違うの、いいと思ったからマネしただけなの。だってそのカルチャーの方がスマートだと思わない?靴はくと家が汚れるし、掃除が大変になるじゃない。私はただの面倒くさがりなのよ〜それだけよ(笑)』っていう感じで、全く押しつけがましくないんです。リスペクトや善意というのは相手に旗を振って示すものじゃない、っていう考えを彼女は持っていました。そういうところに同調し、良きルームメイトでかつ親友になれたんだと思います。」

そして今のルームメイトは一回り以上年上の日本人女性。「はじめて日本人と一緒に生活をしたんですが、日本語を話すことが精神的な癒しになることもはじめて分かりました(笑)。」

現在、ニューヨーク大学のアートセラピーの学部長も日本人女性である。「日本人も海外で頑張ってますよ〜。」 頑張っている人の笑顔は、ニューヨークの曇り空の下で、太陽のように輝いている。


>第14期生トップに戻る

Copyrights c 2003- NIC International College in Japan All Rights Reserved.